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真夜中の小さな旅


 真夜中にふと目が覚めてしまう。昼間はうるさくて仕方がない電車の音も聞こえない、そんな真夜中。あかく灯る留守番電話の再生ボタン。思い出したようにうなり始める冷蔵庫。
 枕もとの携帯電話を手に取ってみる。メールが届いていた。
『素敵な出会い、お届けします。詳細は……』
 最後まで読む気も起きなくて、消してしまう。ため息をつく気すら起きない。

 もう一度、目を閉じてみる。けれど、眠気は一向に訪れない。ただ、暗い視界にうっすらと靄(もや)がかかるだけだ。

 こんな夜はもう眠れないと分かっているから、シャワーを浴びて自転車で出かける。行く先は決めない。気の向いた方へと自転車を傾ける。
 夜の幹線道路。トラックとタクシーがものすごいスピードで行き交う。この道がどこへ続くのか、私は知らない。ただ、ペダルを踏む。

 いくつ目かの川を越えた頃、空が明るくなり始めているのに気付いた。都会の夜の明るさとは違う、明るさ。濃紺から朝の色へと、空が緩やかなグラデーションを描いている。一際強い光を放つ星が、最後の輝きを見せている。
 辺りには稲を刈り取られた田んぼが広がっている。遠くの山に、紅く色づき始めた木々がちらほらと見える。少し、寒い。

 いつの間にか、遠い所へ来てしまっていた。ここがどこか、私は知らない。自分の意思で来たはずなのに、ここがどこか分からない。けれど、きっと大丈夫。そんな気がする。ここまで来たのは自分だし、ここから進み始めるのも自分だから。

 私はもう一度、ペダルを踏み込んだ。